毎日毎日、あまりにも人の死に触れることが続いていたせいか、めずらしく生きるという“実感”そのものに対する欲求が強くなった、ような気がする。普段から「生かされている」と思って生活しているけれど、「生に触れたい」と思うことは本当に稀なことだ。
初日に叔父が亡くなった、というメールで起きた。その日の夜、叔父達の住む愛知へ行った。 叔父は、父と同じスキルス胃がんを患っていた。父は、病気が分かってからわずか3カ月で他界したが、叔父は3年半もの長い間がんばっていた。病気だからとくよくよする…
引用をストックしました
引用するにはまずログインしてください
引用をストックできませんでした。再度お試しください
限定公開記事のため引用できません。